音楽療法

国立音楽大学夏期講習:音楽療法講座2日目

1限:集団歌唱のための伴奏法

2つめのワークショップです。先生のパワーポイントがご機嫌ナナメで、先生がお困りでした。いろんなことがあるものだよね。

2限:音楽療法のさまざま

2つめの入門講座。この講座全体を取り仕切っておられるご様子の先生直々の講座。中身もしっかりしておられます。この講座の目的。
「自分が(あるいは他の人が)行っていることが音楽療法であるか否かという不毛な対立を避け、(音楽療法の世界の)どこに位置するものなのか整理し理解する視点を持つこと。『いろんなものがあるんだ』とわかれば良い」
………ふむ。いろんなことがあるのでしょうね…音楽療法の端っこにも携わっていない私がきいても、ああ大変なんですねと言いたくなるこの言葉。音楽療法士って国家資格じゃないしなあ。

世界各国の音楽療法のDVDやCDを解説を交えながら視聴。倍音によるバイブレーションをつかったスピリチュアルで見た目アヤシゲなもの、脳の可塑性を使ったもの、手際よくたくさんのものを紹介してくださいます。最後にご紹介くださったのは、スティーゲによるコミュニティ音楽療法。対象者の所属する音楽団が音楽技能を向上させて、町の人々の憧れのブラスバンドと競演し、その結果、町の人々の彼らに対する偏見がとりのぞかれ、彼ら自身が住みやすい町に変わっていくというもの。はあ…ドラマみたいや。でもこんなこと、あるんや。

生きるか死ぬかの飢餓状態にあるような土地や、3.11の大震災の時に、音楽は必ずしも必要なものではないのではないかと思っていたけれど。

「震災がありましたね。あの時、現地に私たちの仲間も行きましたが、本当に音楽療法が必要になるのはこれからなんです。心の傷は時間とともに消えていくけれど、消えない人がいる。その人たちに治療が必要なんです」
「音楽」とはいわなくても、太古の昔から音とヒトとはかかわりがある。なんていうんだろ…なんつか、音楽の意味とか是非とか効果とか、そんなことを私が考えなくてもいいのだな。必要とする人に在れば良いのだな。うん、……来て良かったな。

それから、人。オモロイ先生にいっぱい会えてよかったな。自分の音楽を貫き通し、目線を下げることなく対象者と交わる先生、心からよりそい語りかける先生。それぞれに音楽も違っていて、意味があって…。うん、なんか、うまく言葉にできないけど、「こういう勉強をしました」と言い切れないけれども、なんか、フィルター増えた気がする。

3限は、ダウン症の障害を持つドラマー、タケオさんによるライブ。シメもジャンベだあ。いいなあ、気持ちいい。

Kunionniwa
購買のテラスからの眺め。よくここで行き交う人を見ながらボーっとしてました。

なんとも贅沢な2日間。学べる環境にあることに心から感謝して、帰宅。
私にできることって小さなことかもしれないけど、でも明日からまたレッスンがんばろ。うし。

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